日本人がいなければまだ紛争を続けていたかもしれない島―豪華客船でオーランド諸島に行ってみた

Pocket

バルト海に浮かぶ、6,700の島々。北欧の小さな楽園―オーランド諸島。人口3万人、可愛い一軒家たちが立つ、この平和な群島は、かつて国際的な領土紛争の火種だったことをご存知でしょうか?しかも、その解決の裏にいたのが、なんと一人の日本人。今回はそんな不思議なアイデンティティを持つオーランド諸島に行ってきました。オーランド諸島に割り当てられているccTLD(国別コードトップレベルドメイン)は、「.ax」です。

◆オーランド諸島はどこにあるのか?

オーランド諸島は、バルト海の入口に位置するフィンランドの自治領で、スウェーデンとフィンランドの中間にあります。約6,700の島々から構成されており、そのうち人が居住しているのは約60島。我々は今回、その中心都市であるマリエハムンを調査しました。

オーランド諸島の総面積は1,552平方キロメートル、人口は約3万人(2024年時点)。その中心であるマリエハムンの総面積は20平方キロメートル、人口は約1万1800人(2023年時点)です。使用されている通貨はユーロ(※約171円)。公用語はスウェーデン語。日本との時差は-7時間です。
 ※2025年7月時点

= 目次 =

◆船内に潜む“時差トリック”

◆【閲覧注意】道に溢れたナメクジをすり抜けて憧れの北欧サウナ体験

◆世界に2つしかない海賊の旗

◆知られざる日本人の功績 ~オーランドいろいろ~

◆世界で最も環境に優しい大型旅客船

◆街で見かけた.axドメイン

◆現地SIM速度調査

 


◆船内に潜む“時差トリック”

ストックホルムからオーランド諸島・マリエハムンへは、客船Viking Lineで向かいます。ちなみに2026年にジャパネットたかたが日本一周クルーズを予定している船もViking系列です。船はストックホルム港のバイキング・ライン・ターミナル (Viking Line Terminal)から出港します。ストックホルム中央駅からタクシーで10分。タクシードライバーに「Viking Line」といえばすぐわかってくれました。

自動発券機でチェックインしていきます。チケットが勢いよく飛び出てくるので、ちゃんと手で支えておきましょう。

乗船したのは、「Viking Gabriella」。この船は1992年にクロアチアのブロドスプリットで、ユーロウェイ向けにフランス・スエル号として建造されたもので、船内はそれなりに年代を感じます。

予約したキャビンはバルコニー付きで、2つのシングルベッドが並んだダブルベッドが入る作りでした。金額は3名の乗船料込みで660.50ユーロ(約112,945円)。

冷蔵庫には無料ドリンクのサービスもあり、思わずテンションが上がります。

船上の滞在時間はおよそ6時間、時間がたっぷりあるので船内を探検してみました。甲板に出ると、ストックホルム市内のユールゴーデン島にある遊園地「グローナ・ルンド(Gröna Lund)」が見えます。

船はスウエーデンとフィンランドの間にある無数の島々を縫うように進んでいる事がわかります。 その光景はまるで、北欧版の瀬戸内海。ゴツゴツとした岩の島や、わずかに生えた植生が点在し、これは紛れもなく高北緯でしか見られない景色。眺めているだけで飽きません。

犬連れの乗客が多く、ペットフレンドリーな雰囲気。乗客層は高齢の夫婦や子連れの家族が中心で、若いカップルはあまり見かけませんでした。

船内のスパも覗いてみました。ジェットバスが2つあり、男女がワイングラスを片手にくつろぐ光景が印象的。撮影禁止のため、内観はこちらのリンクから御覧ください。他には子どもがレゴを自由に遊べる部屋、卓球・サッカー・ゴルフができる部屋、UFOキャッチャーなど、時間を潰すためのエンタメ施設は充実していていました。船内には免税店もあります。

エンタメエリアを散策していると「お化け屋敷」を発見!怖い白黒写真が飾られています。 「19時スタート」に合わせて行ってみると、近くにいた乗客が「もう入れないよ、19時はフィンランド時間だよ」と教えてくれました。そう、ストックホルムとフィンランドには1時間の時差があります。船はフィンランド側のタイムゾーンで動いていたため、私たちの時計では19時のつもりでも、船内はすでに19時を過ぎていたのです。船内での「時差トリック」は、慣れるまでは本当に油断なりません。

夕食は人気で行列ができていたシーフードレストランを狙っていたのですが…20分ほど並んだ末に、「事前予約が必要」という事実を知らされるという痛恨の結末。船内で食事を予定している方は、事前予約が必要かいなかのチェックをお忘れなく。結局、すぐ隣りにある予約不要のビストロレストランに入りました。注文したのは、肉厚なパティが2枚も入っている「The Double Burger(19.50ユーロ、約3,335円)」、本場の北欧らしい上品な味わいの「Grilled Salmon(26ユーロ)、約4,446円」、ベジ系でも満足感のある「Grilled Halloumi(24ユーロ)、約4,104円」、日本ではなかなか食べないので、新鮮でした。

キャビンから景色を眺めていると、三角の建物が気になる不思議な島を発見。後にマリエハムンの観光案内所で聞いたところ、これはKobba Klintar(コッバ・クリンタール)という場所で、マリエハムン港の沖合に浮かぶ小さな岩の島に建つ、歴史あるパイロットステーションとのことでした。かつては、オーランド諸島を訪れる船舶が安全に港へ入るための“案内役”=水先案内人(パイロット)を乗せる重要な拠点でした。現在は役目を終え、小さな博物館兼観光スポットとして公開されているようです。


◆【閲覧注意】道に溢れたナメクジをすり抜けて憧れの北欧サウナ体験

約6時間の船旅を経て、いざマリエハムンに到着。時刻は23時を過ぎていますが、この明るさが幻想的です。

オーランドには独自の旗があります。デザインは、青地に黄色のスカンディナヴィア十字というスウェーデンの国旗をベースに、その上に赤いスカンディナヴィア十字(北欧地域でよく見られる十字デザイン)が重ねられたものです。黄色と赤はフィンランドのシンボルカラーでもあり、この旗はスウェーデンとフィンランド、両方の文化的要素を象徴しています。

のどかな街並みを歩いてホテルに向かいます。歩いていて感じたのは、どの家も“北欧美学”を体現しているということ。白やペールトーンの壁に、木の温もりを感じるデザイン。過剰な装飾はなく、シンプルだけれど可愛らしい、そんな家々が並んでいます。

どこを切り取っても絵葉書のようで、まるで高級住宅街のような落ち着きと品の良さが漂っているので、つい上を見上げながら歩いてしまいます。ところがふと、足元に目をやると――道に黒っぽい塊が、妙に高頻度で落ちています。「犬のフン…?」と思いきや、その物体、よく見るとスルッと光沢があり、なぜか横線が入っている。しゃがんで確認してみると…なんとナメクジの大群が!北欧の爽やかな街並みと、美しい家々。しかしその足元には、ヌメっとした現実が静かに、しかし大量に存在していたのでした。

【以下閲覧注意】

およそ50メートル続いたナメクジゾーンを慎重に、しかし勇敢にナメクジたちを避けながら前進した我々は、北欧サウナの体験ができる「Hotel Savoy」に到着しました。不思議なことに、ナメクジゾーンを過ぎてから島内で再びナメクジ群を見ることはありませんでした。

部屋は「Standard Twin Room」ですが、ツインのほかに2段ベッドもついていました。家族用なのかもしれません。清潔で居心地が良い部屋でした。

翌日の朝、ホテル内のサウナを体験することに。利用は男女交代制。サウナ自体は日本のものとよく似ていて、ロウリュウ(熱した石に水をかけて蒸気を発生させる)も完備。ちょうど他に誰もおらず、貸切状態でゆったりと「ととのう」ことができました。

日本のサウナと違うところは水風呂がないこと。代わりに、水着を着用して隣にあるスイミングプールに入るのがこちら流の「ととのう」方法のようです。サウナでしっかり温まり、プールにざぶん!――というスタイルです。

ホテルの朝食メニューは、パン、スクランブルエッグ、チーズ、フルーツ、ソーセージ、オーツミルク・・・充実しています。スイカが甘くて激ウマでした。


◆世界に2つしかない「海賊の旗」

満腹になったところで、オーランド海事博物館(Ålands Sjöfartsmuseum)に行ってみます。ここには世界で最も古く、かつオリジナルの形を保ったバルク貨物船、「Pommern(ポンメルン)」があります。20世紀初頭に造られたこの四本マストの大型帆船は、今なお見事な姿をとどめており、船体の中にも入ることができます。

甲板に立つと、まるで100年前の航海にタイムスリップしたような感覚。船のマストに人が登っていたため、体験できるのかと思いきや、その日はスタッフがメンテナンスをしているだけでした。しかし実際に年に1回、登る体験イベントを開催しているそうです。

かつて貨物が積み込まれていた巨大な空間に足を踏み入れると、思わず圧倒されます。静まり返ったその場所に立つと、まるでクジラの腹の中に迷い込んだかのような感覚になります。

船内の一角には、セーラーたちが食事や睡眠をとっていた生活スペースが残されていました。小さなベッドがぎっしり16台並び、まさに「詰め込まれた生活」という言葉がぴったりの空間。この場所で、彼らは何ヶ月も寝起きし、食事をし、笑い、そして耐えてきたのでしょう。狭く、揺れる空間の中で営まれていた日常の重みが、空気に残っているようです。

船着き場へと続く橋の一部に、名前が刻まれたプレートがずらりと並んでいました。よく見ると、そこにはKPMGやABBなど、世界的な企業の名前も。どうやらこの橋は、寄付によって整備されたもので、支援者たちの名前が記念として残されているようです。

併設の博物館には、世界に現存する2枚しかない「本物の海賊旗(スカル&クロスボーン)」のうちの1枚もありました。この旗は、1800年代初頭に北アフリカの地中海沿岸からオーランドに渡ってきたものだそうです。素材は綿(コットン)でできており、もともとはカリブ海・西インド諸島で使われていた可能性もあるのだとか。骸骨と交差する骨が描かれたこのデザインは、言わずと知れた「ジョリーロジャー」。18世紀初頭には海賊たちの標準旗として定着し、その黒地に浮かぶ白いドクロは、見る者にこう語りかけたといいます。「降伏するか、さもなくば死(Surrender or die)」。


◆知られざる日本人の功績 ~オーランドいろいろ~

マリエハムンの観光案内所を訪ねました。ふと思い立って「オーランド諸島と日本に、何か関係はありますか?」と係員に尋ねてみました。少し考えたあと、返ってきた答えは「NITOBE」…そう、新渡戸稲造。『武士道』の著者であり、かつて五千円札の顔にもなった、日本が誇る国際人です。

出典: 五千円券 : 日本銀行 Bank of Japan

1920年、国際連盟事務次長となった新渡戸稲造は、スウェーデン帰属を望むオーランドの住民と、領有を主張するフィンランドが対立したオーランド諸島問題の調停に関わりました。最終的に統治はフィンランド、公用語はスウェーデン語、広い自治権と非武装化を保障する裁定が下され、双方が目的を果たす形で解決。この「新渡戸裁定」は今も高く評価され、オーランドは独自の議会や行政を持つことができたのです。国家ではないけれど、独自の文化と制度を守る島々。その礎を築いた背景には、一人の日本人が平和的解決のために動いた姿がありました。

中央に座る新渡戸稲造氏

出典: 知られざる親日国・フィンランド|日経スペシャル 未来世紀ジパング : テレビ東京

実はICANN(インターネットの住所管理を担う国際非営利組織)の現役CEOはオーランド諸島出身なのです。観光案内所の物知りおじさんにスマホで彼の写真を見せて聞いてみました。「この人をご存じですか?」「知らないな・・・でも彼の名前はオーランド諸島の人の名前だよ!」とのこと。流石に物知りおじさんも知らなかったのですが、こんなに小さな島からICANNというドメインのトップである国際組織のCEOが出るとはすごいですね。

観光案内所をあとにし、ランチを取りに向かったのは現地の人気カフェレストラン「Svarta Katten(黒猫カフェ)」。テラス席もある、小さな一軒家です。

手書きのメニューも可愛いです。

注文したのは、たっぷりのサーモンがのった贅沢なSalmon Mix Toast(12.4ユーロ、約2,120円)、しっとりツナと野菜がサンドされたシンプルなTuna Mix Sandwich(7.8ユーロ、約1,334円)、ぷりぷりのエビが主役のShrimp Mix Sandwich(マヨネーズ抜き)(8.2ユーロ、約1,402円)。素朴ながらも素材の味を活かした美味しさです。ちなみに、ここは猫カフェではないので猫はいません。

でも楽しそうに街を散歩する猫に会いました。首輪を着けていますね。

散策中に偶然見つけたViking Line本社。首都ヘルシンキでもなく、観光都市ストックホルムでもなく、オーランド諸島マリエハムンに本社を置くのは、EU加盟国ながらVAT(付加価値税)制度が適用外という自治権を活かすためです。船がマリエハムンに寄港すれば合法的に免税販売が可能となり、酒や香水などの船内販売に大きなメリットがあるため、本社立地と寄港地として選ばれているのです。

マリエハムンの中心街に設置された木製の現代アート彫刻「頭を手に持つ男(Self-reflection / Thinker 系モチーフ)」。他にも街角や公園に地元アーティストのパブリックアートが点在しており、市民や観光客が自由に座ったり写真を撮ったりできる参加型アートとして人気があります。

これ、何かわかりますか?エレベーターの操作パネルです。フィンランドでよく見られるタイプ。「HISS」はスウェーデン語で「エレベーター」です。

ド派手な改造車が猛スピードで走って行きました。実は救急車です。この黄と緑を基調とした配色は単なるデザインではなく、「救急車であることを一目で分からせ、昼夜を問わず視認性を高める」というヨーロッパ標準に基づいた安全上の意味があります。


◆世界で最も環境に優しい大型旅客船

ストックホルムへと戻ります。帰りの航路では、行きとは異なる船「Viking Glory(ヴァイキング・グローリー)」に乗りました。

この船は2021年に就航したばかりの最新フェリーで、船内はぐっとシックでスタイリッシュな雰囲気。照明やインテリアも落ち着いていて、大人の空間といった印象です。この日は雨のため、甲板にはあまり人がいません。

そして何より驚いたのは、この船「世界で最も環境に優しい大型旅客船」とも称されているということ。最新のエネルギー効率や排出ガス制御技術が導入されており、まさに未来の海を走る船といえる存在です。部屋はシーサイドの4人部屋(トイレ・シャワー付き)を予約しました。この部屋は3名の乗船料込みで76.50ユーロ(約13,081円)です。

バイキング(ビュッフェ)レストランの夕食を予約しました。3名で138ユーロ(約23,598円)、部屋代の方が安いですね。食事は北欧のサーモンやローストビーフに加えて、なんとキャビアまで!さすが最新の船、ラインナップも贅沢です。

ワインやビールも飲み放題です。

圧倒されるオーシャンビューの店内。さすがに窓はピカピカで絶景です。

バイキングは時間指定制で、我々の予約は「15時」。この「15時」はストックホルム時間? それともフィンランド時間?行きの便の過ちを繰り返さないため、フィンランド時間15時(ストックホルム時間14時)にレストランへ向かってみると…「合ってるよ」とスタッフの笑顔。おそらく、船が現在どこのタイムゾーンにいるかによって判断しているのかもしれません。少し混乱しますが、これもタイムゾーンをまたぐ船旅ならではの体験ですね。


 ◆街で見かけた.axドメイン

2017年よりシニア向け―サービスを提供する「ビョールケ」。

大型帆船レースイベント「Tall Ships Races Mariehamn」。スポンサーにはViking Line社など地元・地域団体も協力しています。

ヘアサロン「ヘア・バイ・ジュリア」。

サッカーの試合「IFK Mariehamn(マリエハムン) vs FC Haka(ハカ)」の告知看板。


 ◆現地SIM速度調査

eSIMのUbigiを利用、市街地で計測しました。速度は440Mbpsでした。海外に行く予定のある方は「最強の海外用eSIMはコレだ!海外用Wi-Fiはやめておくべきこれだけの理由」を参考にしてください。


■今回訪れた場所

■オーランド諸島までのアクセスはこちら

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *